2011年8月27日土曜日

プーンジャ:心を静かに保ちなさい 06


PAPAJI : summA iru (Keep Quiet)

パーパージー:心を静かに保ちなさい

1993 年らックナウの植物園でのデイヴィド・ゴッドマンによる[インターヴュー]

6

D:パーパ-ジ-、ラマナマハルシは、人は誰が本当のグルであり、またそうでないかを見る事はできないということも言っています。しかし、人が 探すべき二つの目印があると、彼は言っていました。人が彼の存在のもとで、平和を感じるかどうかを確かめるべきです。そして彼がまわりの全ての存在に対し て、平等にふるまうかどうかを注視すべきです。これらのことは、役にたつ指摘であると思われますか?

P:もちろん、私はそう思います。あなたはグルが与える話によって、グルが発する言明によって簡単に迷わされてしまいます。しかし、あなたの心が彼のそばで静かであると感じ、ある種の幸福と平和を感じるなら、これらのことがグルの 外的な目印となります。誰でもが、この平和を感じられるわけではありません。熱心に自由[に成る事]に 専念する人だけが、それを感じる事ができます。それ以外の人たちは、それを感じる事ができません。そこで、あなたがグルのところへ行く時、ただ静かにして いなさい。あなたはどんな質問もする必要はありません。彼からどんな答も期待しないことです。静かに坐りさい。そしてあなたの心が静かであるかどうかに気 づきなさい。あなたの心が静か[になる]なら、この人はあなたに教えることができ、そしてそばに留まっている価値のある人であると結論できます。

D:パーパージー、あなたは人々がサト・サンガ sat-saGga で、解脱したグルと共に坐り、心を静かに保つことを忠告しています。グルが死に、肉体を伴ってのサト・サンガがもはや可能でない時、弟子は次に何をすべきですか?

P:彼が本当の弟子であるなら、グルがいつか死ぬという事を認めないでしょ う。体は死にますが、グルは体ではありません。すべての体は死ぬでしょう、しかしグルは肉体であったためしはありません。それで、グルは何か他のものであ ると弟子は知っているので、グルの体の死は彼にとって重要ではありません。グルはいつも弟子のハ-トの内に住んでいます。これを知っている弟子は、何も他のものを必要としません。彼は、「私はグルのいないことを寂しく思わない。私のグルは今ここ常に私の内にいる。」ということを、彼は完全に申し分なく知っています。これが、グルと弟子の関係です。

D:弟子が、そのような態度をとるなら、悟りはグルの死後[でも]可能ですか?

P:弟子が...?弟子が、「私のグルは死んだ体ではなく、私自身のセルフであった」という態度を持つなら、その時その態度でもって、彼はなおセルフを悟ることができます。彼は、肉体を持つ他のどんなグルをも探す必要はありません。グルは、弟子の体と心[に対する執着]を取り除く人です。彼がこの事をしなかったりできないなら、彼は本当のグルとして認容されることはできません。他のグルを探すために、あなたは心と体が必要ですね?あなたは、もう心や体を得る事がなかったら、あなたはどこを見るのでしょう?どう見るのでしょう?

D:パ-パ-ジ-、どうかあなた自身の悟りと、特にあなたのグルであるラマナマハルシが、そこにおいて演じた役割について述べていただけませんか?

P:それは、長い物語です。

D:短い説明をしてもらえますか?

P:それは、長い物語です。それについてすべて話すには、幼年時代から始めないといけません。しかし、私がラマナマハルシに会いに行ったところから始めましょう。私が彼のア-しラマ Azrama に入った時、すべては静かでした。すべては静かでした。この方は、静寂が顕現した寂静そのものでした。彼は誰かに話していたのではありませんでした。そこ には、とてつもない静寂がありました。私はそれほどまで静寂な人を決して見たことがありませんでした。彼に会いに来た人々の心は、彼が住んでいた居所[= 静寂]へはいりませんでした。彼はただ静かにすわっていて、そこには静寂がありました。彼は人々に「心を静かに保ちなさい。心を静かに保ちなさい。」とよ く話したものでした。しかし、たいていの人々は彼が言おうとしている意味を理解しませんでした。今日でさえ、人々は彼が言おうとしていたことをまだ理解し ていません。彼は自由になる方法や悟りを得る方法など、多くのことについてよく語ったものでした。そして、時々「あなたは恩寵が必要です」というようなこ とをよく言ったものでした。しかしたいていの場合、彼はタミ-ル語で「スンマーイル」と言いました。それは「心を静かに保ちなさい」を意味します。ほとん どの人々はその本当の意味を理解できませんでした。しかし、私はすぐその意味を理解しました。私は、最上の教えは「心を静かに保ちなさい」という事であ る、という私のグルと同じ考えなので、今では私はこの言葉を多く使います。静寂そのものである人が、あなたに静けさを保つよう命じるなら、その言葉には威 厳があり説得力を持ちます。それはすぐに影響を与えます。普通の人があなたに静けさを保つよう命じても、それは影響しないでしょう。しかし、静寂そのもの である人があなたに命じるなら自動的にあなたは静寂になります。

D:あなたが最終的にそれを得た日に起こったことを、説明してもらえますか?それはどのように起こったのですか?

P:私は幼年時代からクリシナ kRSNa の帰依者でした。非常な帰依者だったので、クリシナが肉体をまとって、私の目の前に現われるほどにさえなったものでした。私は普通のものを見ることができ るのと同じやりかたで、私の全感覚でクリシナを感知することができました。私は山の反対側のア-ディ・アンナマれーで、約4日間過ごしていました。帰って みるとマハルシは「あなたはどこにいたのですか?」と私に尋ねました。私は「山の反対側で一人でいて、クリシナと交遊していました」と答えました。 「オー、それはすばらしい、あなたはクリシナと遊んでいた!」と彼は大きな声で言いました。「そうです、私はクリシナと交流していました。彼は私の友人で す。」「あなたは今彼を見ていますか?」「いいえ、私は見ていません。」そうすると、彼は言いました:「現われたり消えたりするものは真実在 sat ではない。見る者が残りました。あなたは彼を見た。[けれども]彼は消えてしまった。[またある時は]彼は留まりました、それを見ている者は同一です。今、あなたはまたここにいて、見る者が残りました。さあ、見る者は誰かを見つけなさい。

この「見る者」は単なる言葉でした。しかしそれは私が見る者に変容したほどの、非常な衝撃で私を打ちました。私は見る者になりました。近頃では、私がサ ト・サンガを行なう時、私は人々に言います:「言葉にとらわれてはいけません。言葉の根源へ行きなさい。言葉が述べ示しているところへ行きなさい。あなた がこのことを実行するなら、直ちに真実の理解を得るでしょう。たとえばあなたが「自由」という言葉を言う時、すぐ自由へ行き、そこに止どまりなさい。だれ かが「昼食へ行きましょう」と言う時、食物について話されているので、突然あなたは食物と一体になります。私が「自由」という言葉を言う時、なぜあなたは これを行なうことができないのですか?私たちが自由について話す時、私たちは自由と一体になるべきです。そして私たちは自由の匂いをかぎ、自由を楽しむべ きです。しかしこれは起こりません。言葉は他の物事と共に、あなたを正しい場所へ連れて行きます。しかし私が「自由」という言葉を言うとき、あなたはそれ を理解するための正しい境地へ行きません。「自由」という言葉のために非常に多くのサト・サンガ、非常に多くのグル達が必要ですが、まだ真の意味は把握さ れていません。何が間違っていますか?私達は
[自由以外の]何か他のものに結びついています。