2011年8月27日土曜日

プーンジャ:心を静かに保ちなさい 09


PAPAJI : summA iru (Keep Quiet)

パーパージー:心を静かに保ちなさい

1993 年らックナウの植物園でのデイヴィド・ゴッドマンによる[インターヴュー]

9

D:パ-パ-ジ-、幸福について多少の質問をしたいと思います。全世界で誰も幸福な者はいない、彼らがそう思っているだけだ、とあなたが言うのを聞いたことがあります。あなたはこの事を、どのように正しいと言えるのですか?

P:なぜなら、誰もこの世界で幸福な人はいないからです。これは本当の事で す。私は誰も幸福な人を見てきませんでした。私は世界中を旅行してきましたが、私が訪れた各国で会っただれもが苦しんでいました。誰もが苦しんでいます。 最も金持ちの人でさえも。私はかつてスイスで、非常に金持ちの人に会いました。私はインドで彼の息子の世話をしていたので、彼に会いに行ったのです。この 息子はある精神的な問題を抱えていました。そこで誰かが彼に提案しました:「リシケ-シのプ-ンジャジ-のところへ行きなさい。彼といっしょにいたら、良 くなるでしょう。」この少年は約一年間、私といっしょにいました。彼は少しばかり偏執症ないし精神分裂症でしたが、私といた後良くなりました。彼はスイス へもどる前に私と共に、らックナウやハリドワールやリシケーシやデりーやボンベイなど、インド中を旅行しました。ヨ-ロッパへの私の次の旅行のとき、彼の 父は私が滞在するように招待してくれました。彼は、アパ-トの一区画の一番上の、回転するようになっている階に私を案内しました。この人は明らかに非常に 金持ちでしたが、彼は夜眠ることができませんでした。最初に彼はきまって少しの酒を飲み、それから3~4錠の睡眠薬を飲むのでした。それでも、彼は眠るこ とができませんでした。私は彼に聞きました:「なぜ眠れないのですか?私があなたを眠らせてあげましょう。あなたが眠りたいと思ったなら眠ろうと決心しな さい、そうすればあなたはいくぶん眠れると私は思いますよ。」彼の悩みは 5,000 の組立作業ラインの労働者達と、全ての管理職達から成る自動車工場を持っていることでした。それは非常に大きな組織の複合体でした。夜の間中、急を要する 処理や販売や予約などの[決断を求めるための]電話が鳴り続いていました。以上が彼の置かれた状態でした。彼はとても多忙だったので眠れませんでした。私 は「明日あなたの車で私と来て下さい。しかしどこへ行くかは聞かないで下さい。」と彼に言いました。翌日彼は言いました:「ある人々が注文をもってここへ 来たので、私は出かけられません。」あなたが心の内に今日とか明日、あるいは次の日にしなければならない何かの仕事をいつも持っている時、それらの思いがあなたの心の内で絶えず循環(グルグル回り)するでしょう。あなたがそれらの思いを拒絶しないなら、どのようにして眠ることができるのですか?

 西洋の人々はいつも働いています。彼らは眠る時間を持っていません。あなた 達は働くためだけに生まれてきたのですか、それとも安らかであるために生まれてきたのですか?西洋で何が起きているのですか?仕事、仕事、さらにまた仕 事。それは彼らの健康を犠牲にします、しかし彼らはそれでも休まないでしょう。それが彼らが幸福でない理由です;それが彼らが不幸である理由です。彼らは 思います:「私達は銀行の豊富な残高と良いアパートと最新型の車を得た。」しかしこれは人を幸福にする助けにはなりません。幸福になるための最善策は知足です。あ なたが持つものは何であれ、それで知足する事です。あなたが他の人々の富とあなたの富とを比べたいなら、あなたより少ない富しかないけれども幸福である 人々に目を向けなさい。どこかの億万長者を見て、あなたより金持ちだという嫉妬を感じてはいけません。あなたよりもっと困窮している人々を見なさい。「あ の人を見なさい。彼は乞食をしています。ありがたいことに,私は彼より暮らし向きが良い。私には食物があり、私の手に乞食の鉢を持つ必要はない。」あなた がこの態度をとるなら、あなたは良く眠れるでしょう。フォード自動車の創始者でオーナーのヘンリーフォードは、かつて世界で最も金持ちでした。しかし、彼 は存分に食べることはできませんでした。彼はかつて言いました:「従業員たちが昼食を食べている時、私は彼らを見つめます。彼らがどれだけの量を食べてい るのかを私は見ます。私の医者達が私にごく少量しか食べてはいけないと忠告しているので、それだけの量を決して食べられないだろうと私は感じます。私は一 回の食事で、2オンスだけ食べるのを許されているのです。」あなたは食べないために、そして眠らないために、この世へ来たのですか?あなたは死ぬ時残して いくことになるお金をかせぐためだけに、この世にいるのですか?私は「決してお金を得てはいけない。」とは言っていません。私は「かせぎなさい、働きなさ い、そしてじょうずに暮らしなさい、しかしこれらのもので[自己を]見失ってはいけない。」と言っているだけです。あなたはお金をかせぐためではなく、安らぎを得るためにこの世へ来たということを忘れてはいけません。

D:多くの人々は肉体の快楽にふける結果幸福を体験します。彼らが体験するその幸福は、あなた自身のセルフであることを知るのと同じ幸福なのですか、あるいは違った種類のものですか?

P:いいえ、違うものです。あなた自身のセルフとしてあることが、唯一の真実の幸福です。あなたがどこか他に幸福を求めるなら、あなたは自分を疲れさせるだけで、あなたが得ようと努力している幸福は真実の幸福ではないのを見い出すだけです。あなたが幸福を得るために何度もその過程を繰り返す必要があるなら、そのようにしてあなたが得るものは真実の幸福ではありません。あなたが毎回得た幸福の体 験は、あなたを充分に満足させなかったので、あなたは何度も同じ過程を繰り返したいと望みます。それがあなたが同じ事を繰り返す理由です。

D:パーパージー、私は過程について話しているのではなく、結果について話しています。私が何かの行為の結果、突然非常に幸福になるなら、私の幸福はあなたの幸福と同じですか、それとも違いますか?

P:幸福は一つです。幸福は一つです。しかし、それを持続的でない何かに帰する[=と同一視する]な ら、それは違います。あなたは「あなたの幸福」と言います。あなたが「私の」幸福とか「あなたの」幸福と言う時、それは私が言う幸福とは違います。私は 「私の」幸福とか「あなたの」幸福でない、属性の無い努力せずに得られる幸福を言っています。これが唯一の違いです。あなたは「私の」や「あなたの」[という言葉]を使っています。あなたが「あなた」や「私」[という言葉]を取り除くなら、違いはありません。

D:エクスタシー(喜悦)とか至福についてはどうですか?それらは心の体験ですか、それともセルフからのものですか?

P:エクスタシーは心の状態です。しばらくの間、それは留まるでしょう、それ からそれは再び衰え消え去るでしょう。多くの人々は詩を聴いたり、歌を歌ったり、何か他の手段によって、それだけでエクスタシーの状態になります。人はエ クスタシーの状態になることができます、しかしそれらは一時的な状況に依存しているので消え去ります。至福は違います。それは日の出前の夜明けにたとえる ことができます。夜明けが来る時、太陽はまもなく昇るだろうとわかります。太陽はそこには無いけれども、ある印が地平(水平)線の上に現われています。そ のように、あなたがある至福を感じ、それを何かの外的な対象のせいにしない時、あなたはセルフの夜明けに意識集中しているのです。太陽が昇るのを見るため に太陽の光がやって来る方向、西ではなく、東を見るべきです。至福がやって来る時、至福に集中しなさい。至福と一体になりなさい。あなたが、至福がそこか ら発しているアレ (tat = sat) を体験する時、至福は捨て去られるでしょう。至福もまた心の状態です。結局それは捨て去られるでしょう。

D:私たちはそれを意識的に捨てるべきですか、それともそれは自動的に起きるのでしょうか?

P:それは自動的に起きるでしょう。

D:ある人々は至福は悟りへの障害であり、究極の体験は平和と寂静であると言います。

P:これはヨーガから来ている認識(法)で す。歓喜鞘であるアーナンダマヤ・コーしゃ Anandamaya-koza は、「私」を限定する五つの鞘の一つです。最初は肉体の鞘であるアンナマヤ・コーしゃ annamaya-koza、それから感覚あるいは生気の鞘であるプラーナマヤ・コーしゃ prANamaya-koza、それから意思鞘であるマノーマヤ・コーしゃ manomaya-koza、それから理智鞘であるヴィジニャーナマヤ・コーしゃ vijJAnamaya-okoza、最後に歓喜鞘であるアーナンダマヤ・コーしゃ Anandamaya-koza があります。ヨーガ体系では、歓喜[鞘]を含めて、これらの五つの鞘の全てを一つずつ排斥しなければいけません。あなたはこれらの鞘に対する執着を、一つ ずつ取り除かなければいけません。あなたが肉体や感覚や心や知性に対する執着を取り除く時、至福がやって来るでしょう。至福は知性が去る時、そこにあ(らわれ)るでしょう。しかし、それに執着してはいけません。ほとんどのヨーギン達は至福の状態に執着し、それを超越しません。これは至福状態を得ることをねらうヨーガ体系の結果です。この最後の鞘(身心構造層)に執着してはいけません。至福に満足してはいけません。静まりなさい、そして至福がアレになるようにしなさい。心がますます至福を吸収するにつれ、心は至福[そのもの]に なります。しばらくすると、至福を捨てるという問題は無くなるでしょう。なぜなら自由ソレ自身が反対側から、つまり心を超えた無心の境地から、あなたを受 容するためやって来て、あなたを抱擁するからです。その段階では、誰も至福を拒絶することはできません。あなたが至福を感じることができるなら、あなたは 非常に良く行なったのです。セルフ=アートマンの至福はアートマーナンダ Atma-Ananda と呼ばれます。それはアートマン・ソレ自身の形を取るでしょう。あなたがこの状態に達する時、すべてのものは過ぎ去ってしまうけれども、それはまだ最後の 状態ではありません。心に関係のある「無[我]心」は[個我心を破壊して]なお生き生きと[実在]しています。あなたがこの無[我]心という状態に達することができるなら、あなたは非常に良く行なったのです。あなたがこの段階に達する時、あなたの仕事は終わりです、なぜならその時以降は。それは超越(=セルフ)の作業[だから]です。この超越(=セルフ)は 不可思議なものです。それはあなたをつかまえ、とても素晴らしい仕方であなたに働きかけるでしょう。それは各瞬間ごとに、ますますソレ自身を明らかにする でしょう。ソレは限りなくうっとりさせる別次元の美、別次元の愛、別次元の形をあなたに示すので、あなたは常にソレに引きつけられるでしょう。ソレはソレ に引きつけられるでしょう。たとえ肉体が無くなっても、あなたはソレを取り除くことはできません。これが究極、「究極[の本]性」[であるセルフ]と言うことができます。