2011年12月5日月曜日

KeepQuiet 00 概説

Keep Quiet


プーンジャの獅子吼「黙りおれ!」


キクダケ:プーンジャの『Keep Quiet(鎮まりて在れ)』はインタビュー映像だったのですか?
セツメイ:そうだよ。ラマナマハルシと弟子たちの研究・出版などで精力的な仕事をしているデイヴィド・ゴッドマン David Godman が、西欧にプーンジャジーとその教えを伝えるために制作したインタビュー映像だね。
キクダケ:それを文章化したのですか?
セツメイ:英語のテキストは『Papaji:Interviews Edited By David Godman』に掲載されていて、それをヨーガヴァースィティで学修していた木村昴平さんが試訳してくれてね。多少手直しをしてご覧のような体裁になったんだね。
キクダケ:パーパージーはのっけから、「どのような教えであっても、それは説教することです。[手段を超越してしまった]真の教師は、教えや方法や道を持 ちません。あなた自身のセルフを知るのに、どんな教えも必要ありません。あなたが実在としてある[真]の[姿]は、常にアレそのもの(セルフ Self。全体宇宙生命)なのです。誰もあなたに教えることは[最終的には]できないのです。あなたは、今ここ、この瞬間に自分は誰であるかを[自分自身 で]悟らなければいけません。」とラマナマハルシのようなことを言っていますが、これでは誰も何も分からないのではありませんか?
セツメイ:分からないだろうけれど、正解だね。
キクダケ:どうしてですか?
セツメイ:真理の指摘だからだよ。
キクダケ:でも、一般の人たちだけでなくても、修行をしている人たちでも、このような答では何をどうすればいのか見当すらつかないのではありませんか?
セツメイ:あなたのレベルからの発言としては理解できるよ。
キクダケ:じゃあ、あなたには分かるのですか?
セツメイ:完璧な解答だと思うよ。もっといいのは答えないことだろうよ。
キクダケ:ええ?答えなかったら、それこそ何がなんだか分からないではありませんか?
セツメイ:寂黙(マウナ mauna)の状態をどうやって説明できると思う?
キクダケ:さあ…「静かであること」とか「寂静」とか…
セツメイ:それらは言葉であって、その状態の説明だよ。ソレソノモノではないね。
キクダケ:じゃあ、どうやって人に分からせることができるというのですか?
セツメイ:………………
キクダケ:どうかしましたか?
セツメイ:………………
キクダケ:質問が気に入りませんでしたか?
セツメイ:………………
キクダケ:………
セツメイ:そういうことだよ。
キクダケ:はあ?
セツメイ:黙ることだよ。
キクダケ:何がですか?
セツメイ:アンポンタンであっても、黙るならちょっとはましだよ。
キクダケ:黙るとなぜよいのですか?
セツメイ:静かだからだよ。
キクダケ:静かだとどうしてよいのですか?
セツメイ:真理を覆い隠しているものが減るからだよ。
キクダケ:真理を覆い隠しているものって何ですか?
セツメイ:主に言葉と考え事だよ。
キクダケ:?
セツメイ:言葉と思考が有る限り、真理は覆い隠されているので、プーンジャジーは教え=説教=言葉=思考であることを暗に指摘しているのだよ。だから、言葉と考え事の覆いを捨てるよりほかは無いのさ。
キクダケ:どうやって捨てるのですか?
セツメイ:アートマ・ヴィチャーラ Atma-vicAra(思いの出所の探究)によってだよ。
キクダケ:それはラマナマハルシの教えだと思いますが、プーンジャジーの教えも同じなのですか?
セツメイ:もちろん!summA iru (Keep Quiet) とアートマ・ヴィチャーラ Atma-vicAra(思いの出所の探究)は同じことだよ。
キクダケ:それは驚きです。
セツメイ:驚きは寂黙(マウナ mauna)じゃないよ。驚かないほうがいいね。
キクダケ:静けさの良さがよく分からないのですが。
セツメイ:心が未熟だからだよ。
キクダケ:成熟すると静まるのですか?
セツメイ:Yes.
キクダケ:静かにしているだけでは生き甲斐を感じないのではありませんか?
セツメイ:あなたはアタマのグルグル回しをしていて生き甲斐を感じるわけ?
キクダケ:いえ、それは頭痛の種ですが、仕事をやり遂げた時とか、何かの目標に向かって前進している時とかに生き甲斐を感じると思うのですが。
セツメイ:いつでも生き甲斐を感じているの?
キクダケ:いえ、挫折感のほうが多いですが。
セツメイ:あなたが言う生き甲斐と挫折感は表裏一体で、真理の覚知現成 Self-Realization に伴う至福 Ananda (bliss) にとっては覆い物にすぎないよ。
キクダケ:あなたには目標に向かう生き甲斐とか、仕事を達成した充実感とかは無いのですか?
セツメイ:有っても、それが真理だとは思っていないね。真理は寂黙(マウナ mauna)・至福 Ananda (bliss) 以外の何物でもないと承知しているからね。
キクダケ:ラマナマハルシやプーンジャジーの教えは、どうも取っ付きにくいですねえ。
セツメイ:だから、前回も言ったけれど、あなたにはマインドフルネスの修行が適しているよ。
キクダケ:それだけでいいのですか?
セツメイ:それだけと言ったって、一生かかってどれだけマインドフルになれると思うの?マインドレスな毎日じゃないの?
キクダケ:…そうかもしれません…
セツメイ:かもしれない、じゃなく、そうだ、とは気づかないの?その気づきの無さがマインドレスな証拠だよ。
キクダケ:ラマナマハルシやプーンジャの教えが最高なんて聞かされると、ほかの教えを学修しなければいけないというのがミジメです。
セツメイ:なんで?
キクダケ:なんとなく挫折感があって…
セツメイ:あのねえ、例えばオリンピックで金メダルを期待されて いて、みんなが金メダルを取るだろうと思っていた選手が、たまたま不調で金メダルを取れなかったら、その選手は挫折感を持って当然かもしれないけれど、テ レビを見ているだけの観客が挫折するには及ばないんだよ。
キクダケ:どういうことですか?
セツメイ:あなたのように、「修行オリンピック」に有資格の人間 ではなく、聖賢方の教えをのぞき見しているだけの人間がだよ、参加もしていないのになんで挫折感を抱いたりするの?暇を持て余して、退屈な日常生活をして いるだけの凡人たちが、ただ単にラマナマハルシの教えが最高と耳にして、自分がその教えにふさわしい人間ではないと指摘されて挫折感を抱くなんて、まった く滑稽な話だね。エピクテートス先生が話していた例えを思い出してごらん。『提要』の 29 番を読み直してごらん。参加するためのトレーニングをしていない人間が、得意になったり挫折感を抱いたりするのは、プロのマラソン選手が走っているのを見 て、沿道でちょこっと並走しているオメデタ観衆みたいなものだよ。
キクダケ:私はそんな程度なのでしょうか?
セツメイ:自分の毎日の生活を点検してごらん。どういう物事に時間を当てがっているか、どういう考え事を追いかけ回しているかで、簡単に証明されることだよ。
キクダケ:…
セツメイ:…
キクダケ:じゃあ、せめてプーンジャジーの教えについて一言だけでもお願いできますか?
セツメイ:「黙らっしゃい!」